ワンガリ・マータイさん

Q 女性の社会運動も環境問題も新しかった70年代に、どうして植林運動を始めたのでしょう?
A 政治家の妻だった頃、自然が悪化しているのに漠然と気がついたのが始まりです。ある日、女性たちがきれいな水や薪の必要性について話しているのを聞いた。だったら木を植えようってひらめいたのです。緑を増やせば、薪や水が足りない状況も根本的に解決できるし、貧しい人々に仕事を与えることもできる。小さな思いつきが、こんなに長い運動に発展するとは夢にも思わなかった。
Q マータイさんは女性の人口を駆り出しました。
女性は、家族の生命を維持するために、大地からもらった自然資源を使う立場にある。だから男性よりも、自然とのふれ合いがあるし、自然の悪化に対する危機感も切実なのです。植林運動は、そんな危機感から始まりました。女性たちが自然を守ろうと努力をする姿を見たら、男たちもちょっとずつ助けてくれるようになったのです。
Q 人類の環境問題に対する取り組みは進化しているのでしょうか?
A 1972年に、初めて環境問題を取り扱った国際会議が行われたとき、人々が心配していたのは、酸性雨が人間に及ぼす悪影響だけでした。地球を守る、という意識はまったくなかったのです。それから研究が進んで情報が行き渡ったから、環境保護の必要性に意義を唱える政府はさすがにいないけれど、一方で温暖化のように新しい問題が増えているし、まだ認識されていない脅威も多くあるはずです。人は、現時点で深刻でない問題から目をそむけてしまうけれど、深刻になったときには、もう手遅れかもしれない。だからこそ、理解を得る運動は続けていかなければならない。
Q 植林運動には、緑を増やす以上の意味があるとおっしゃっていますが、どういう意味ですか?
A アフリカで進行している紛争の多くは、自然資源をめぐるものです。自然は、アフリカの貧しい人々の命綱だし、環境を地球の資源と見なして保護しなければ、平和もありえない。だから木は、私にとったら平和のシンボルでもあります。政府に妨害されたり、辛い思いもたくさんしてきましたが、へこたれなかったのは、自然環境の悪化を食い止めるためにしなければならない解決法がすぐそこに見えていたから。
Q 植林運動から何を学べばいいのでしょう?
A 私が木を植えることにしたのも「できること」から始めた結果。小さいことでもできることはたくさんありますよね。たとえば日本には「もったいない」という素晴らしい伝統の価値観があるけれど、包装紙を無駄にするかわりに、スタイリッシュな風呂敷で贈り物を包むほうが気が利いてる。再利用資源を使った風呂敷を使えば、環境に気を配っています、という意思表示になります。ケニアで「もったいない」の話をしたらプラスティックの会社が、何度も使える再利用可能のバッグを作ることにしてくれた。ハイブリッドの車に乗ることだってできるし、ホテルに泊まったら同じタオルを何度も使うとか。私の本は、再利用紙を使っているけれど、それだけで木が385本救われるし、0.5トンの工場排水が出ない計算になる。ゴミの削減、再利用、再使用の3Rをいつも心において生活すれば、ダメージは最小限に抑えられるはず。
Q マータイさんの究極の目標は?
A 今も、アフリカでは自然資源をめぐる争いは続いているし、環境問題がなくなるわけじゃない。一人で問題を解決できるとは思っていないけれど、一人一人の努力が、少しずつでも意識を変えていけば、私の人生が終わったとしても、その努力を引き継いでくれる人がいるはず。だから、力が続く限りプッシュし続けることが究極の目標です。

プロフィール
1940年ケニア生まれ。米国留学を経て77年にグリーンベルト運動を創設した。政府の妨害を受けながら運動を続け、2002年にケニア初の自由選挙で国家議員に選ばれ、03年には副環境大臣に就任。今年10月、アフリカ人女性として初めてノーベル平和賞を受賞するまでを振り返る初の自叙伝「Unbowed」を出版した。www.greenbeltmovement.org

(マリ・クレール日本版2007年1月号掲載)